嗚呼、負け犬の遠吠え日記
ある時は、しがない安月給サラリーマン。ある時は、怪しい政経オタク。そんなkomichi(子路)の言いたい放題を綴ったブログです。荒らしなど、ネットの悪質行為の問題にも取り組んでいます。

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京都妖怪探訪(215):「山科地蔵」徳林庵(前編)




 京の六地蔵を巡る本シリーズの旅、最後のひとつ。
 京の6つの出入り口のうち、「旧東海道」沿いの「山科地蔵」徳林庵を、今回とシリーズ次回との2回に渡って紹介します。

 ここの地蔵菩薩像も小野篁が木幡山の大桜から作り出した6体の尊像のうちの1体です。
 この寺自体は、天文19年(1550年)に南禅寺第260世住職の雲英正怡(うんえいしょうい)禅師によって創建された、臨済宗南禅寺派、山号を柳谷山というお寺です。
 仁明天皇第4皇子で、「盲人・座頭の祖神」として崇められ、琵琶の名手だった人康親王(さねやすしんのう)という人の菩提を弔うために創建されたとも伝えられています。
 ……ということは、地蔵堂と地蔵菩薩像は、この徳林庵ができる以前からあったということでしょうか。

 普段は静かな場所ですが、六地蔵巡りの日には地蔵堂が開放され、多くの参拝者で賑わいます。
 また、普段は非公開とされている閻魔像も公開されます。
 それでは、いきましょう。


 まずは、アクセスから。


 JR琵琶湖線、京都市営地下鉄、及び京阪電車の山科駅。





 写真はその駅前付近です。
 その駅前にの交差点。





 この写真では見えにくいかもしれませんが、信号機に「山科駅前」の標識がかかっています。
 これは、山科駅前から伸びる外環状線と、旧東海道とが交わる交差点です。
 ここから旧東海道を東へと歩きます。





 道ばたには、この道が旧東海道であったことを示す石碑も立っています。





 なお、石碑の後ろに置かれている石は「車石」といい、かつて大津から京都・三条大橋までの道に敷かれていた石で、車を通すためのわだちが残されています。
 もちろん、当時は現在のような自動車などありませんから、牛車の通行を容易にするために敷かれていたのです。

 さらに東へ進んでいきます。
 この辺りは古い街道沿いだけ合って、周辺には古い寺社がいくつも見られます。







 
 
 しばらくすると、徳林庵前に着きます。






 六地蔵巡りの期間なので、地蔵堂も開放され、多くの参拝者が訪れていました。
 しかし普段は、次の写真のように地蔵堂は閉められており、静かな場所です。






 なお、ここには京阪電車「四宮(しのみや)」駅からも近いのです。
 この辺りの「四ノ宮」という地名は、この徳林庵で弔われている人康親王が仁明天皇の第四皇子であった事に由来するという説があります。
 この人康親王については、また後編でもとりあげたいと思います。


 まずは、地蔵菩薩様に礼拝を。












 そして、徳林庵の幡をいただきます。






 それでは、今回はここまでにします。
 シリーズ次回・後編も「山科地蔵」徳林庵を紹介します。ここには、他にも注目すべきものがいくつもありますので。

 それではまた!




*「山科地蔵」徳林庵へのアクセス、周辺地図はこちら




*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm




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