嗚呼、負け犬の遠吠え日記
ある時は、しがない安月給サラリーマン。ある時は、怪しい政経オタク。そんなkomichi(子路)の言いたい放題を綴ったブログです。荒らしなど、ネットの悪質行為の問題にも取り組んでいます。

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京都妖怪探訪(212):「桂地蔵」地蔵寺




 京の6地蔵を巡る本シリーズの旅、第3回目。
 今回は、京の6つの出入り口のうち、「丹波(山陰)街道」沿いの「桂地蔵」地蔵寺を紹介します。

 ここの地蔵菩薩像も小野篁が木幡山の大桜から作り出した6体の尊像のうちの1体で、平安時代に平清盛によって創建されています。
 つまりここは、後白河天皇と平清盛によって、最初から都を守るための結界のひとつとして創られた寺院なのです。
 ここの尊像はそのうち根の部分から、つまり最下部から作られたもので、「姉井菩薩」とも呼ばれています。
 「お姉さんのようにどっしりとした」という意味らしいですが、それだと「お姉さん」より「お母さん」のイメージの方が合うような気が私にはするのですが、どうでしょうか?(笑)


 まずは、いつものとおりアクセスから。
 
 阪急電鉄桂駅東口。





 そこから東へと進みます。





 途中の道では、「六地蔵まいり」の露店が並んでいました。





 西京消防署の前。





 ここで、八条通り(京都府道142号)と交わります。
 この辺りには、京都市営バス桂消防署前停留所もあります。

 そこから府道142号を東(北西)方向に進みます。






 「桂地蔵」地蔵寺の前です。






 中へ入ります。





 奥の方には地蔵堂が。

 入り口から入って左側、いろんなお地蔵さんが並んでいる場所が。





 手前から。
 第2次大戦日本での日本・フィリピン・アメリカの戦没者の菩提を弔い、日本とフィリピンの神前とを祈願して立てられた「日比地蔵」。
 妊婦の安産を守護するという「子安地蔵」。
 そして、この世に生まれ出ることのなかった、いわゆる水子を弔う「水子地蔵」。

 さらにその奥。水回向が行われている場所。





 「6体地蔵尊」に、その奥には「稚児養育地蔵」の祠が。
 やはり、お地蔵さんとは「子供の守り神」として知られていたと同時に、「昔は子供の医学的・経済的な理由などから乳幼児の死亡率が高かったのだな」という事実を思わせます。
 六道珍皇寺や西福寺など、地蔵菩薩が祀られている他の場所にも、そういった事実を感じさせるものをよく見かけます(シリーズ第30回第31回など)。


 そして、地蔵堂へお参り。















 なお、この地蔵堂の隣には薬師堂もあって、薬師如来像も祀られています。
 ここは元々浄土宗のお寺で、正式名を「浄土宗久遠山地蔵寺」というそうです。


 ところで、せっかく『京都妖怪探訪』シリーズなので、ここに伝わるという不思議な伝説も紹介しましょう。
 
 昔(室町時代辺りでしょうか?)、阿波の貧者の夢の中に地蔵菩薩が立って、荒廃していた桂地蔵を修復せよというお告げをしました。
 その貧者は桂に住みました。
 ある時、通りがかった西岡の竹商人と争いになり、その竹商人は貧者と地蔵に斬りつけました。
 ところが竹商人の腰が萎えたため、竹商人は改心、以後地蔵に奉仕します。
 その霊験を聞きつけた多くの人々が参詣に訪れました。
 
 しかしその後この霊験話には、足利義持(室町幕府第4代将軍)から、「貧者ら数人での謀ではないか?」という、つまりやらせの疑いをかけられて、彼らはとらえられてしまいます。
 竹商人だけは最後まで嫌疑を認めずに赦免され、その後地蔵に仕えたとも言われています。

 うーん。
 この話には何か裏がありそうな気もしますが……。
 いずれにせよ、その真相を知るすべはこちらにはありません。

 
 この寺の幡も、いただきました。





 「家内安全」「罪業消滅」「家運繁栄」「無病息災」。
 いずれも、来世宗教である浄土宗の教えとは、本来異なるはずなのですが……。
 しかし、そういう野暮なことはもう言わないでおきましょうか(笑)。

 元は都を守る結界として創られた寺が、長い歴史の中で浄土宗のお寺に変わったのですから、こういうこともあるでしょう。
 むしろ、自分たちの主義主張と異なるからといって、それまでの歴史や遺産を否定せず、そのまま引き継ぎ続けた浄土宗の、日本人の寛容さこそ、評価されるべきなのかもしれませんね。
 古今東西の宗教者が、このような寛容さ、おおらかさを持っていたならば、もっと平和で住みやすい世界が実現していたかもしれません。

 ……なんてことも考えながら。
 六地蔵巡りの次の寺院を目指すことにします。



 それでは、今回はここまで。
 シリーズ次回は、六地蔵巡りの4番目、「常磐地蔵」源光寺を紹介します。

 それではまた!



*「桂地蔵」地蔵寺へのアクセス、周辺地図はこちら




*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm




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