嗚呼、負け犬の遠吠え日記
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京都妖怪探訪(67):“生の六道”嵯峨・薬師寺(その1)



 どうも。
今回はいきなりですが、今年の8月に……つまり今から3ヶ月ほど前に撮影した写真を元にして記事を書きます。
 最近は多忙につき、あまり外へ出歩くのがしんどくなってきていますが、ちょっと前までは休みの度に京都やその周辺の観光地や妖怪スポットなどを訪れては写真を撮りまくっておりました。
 そうやって撮りだめした未発表写真が、まだまだこちらにたくさん残っているのですよ。だから、3ヶ月ほど前に撮った写真を今頃公開ということになったのですが(笑)。
 しかしそれでも、まだ訪れていない妖怪スポットや怪しげないわくのあるスポットなどが、京都市内だけでもまだまだたくさんあるのです。
 そういうことですから、この『京都妖怪探訪』シリーズもまだまだ続きそうです。 


 ここから本題に入ります。
 本シリーズで何度もとりあげたことのある、あの世とこの世とを行き来し、閻魔大王の側近として地獄で働いていたという伝説を残した超人・小野篁(おのの・たかむら)。
 毎夜彼は、六道珍皇寺にある「冥土通いの井戸」から地獄へと行き、閻魔大王の元で仕事をしていたと伝えられていますが、その帰り道に通ったのが招金山福正寺というお寺の井戸だったそうです。
 そのため、六道珍皇寺とその井戸が「死の六道」と呼ばれたのに対し、こちらの福正寺の方は「生の六道」と呼ばれたそうです。
 しかしながら、その後福正寺はいろいろとトラブルがあって衰退し、明治の頃には清涼寺(嵯峨釈迦堂)の境内にある薬師寺に合併するという形で廃寺になってしまったそうです。その際に、本尊の「生六道地蔵菩薩」像と小野篁像も薬師寺に移され、仏事や建具も薬師寺に受け継がれました。
 この薬師寺本堂は普段は一般公開されないそうです。
 しかし年に一回、8月24日の「地蔵盆」の日だけは、一般公開されます。

 今年の8月24日は夜勤明けで、「疲れた身体をおして行くのは正直しんどいなあ」という思いもありましたが、「年一回の貴重な機会を逃すわけにはいかない!」という思いの方が勝り、無理してでも行くことにしました。

 京都の嵯峨釈迦堂こと清涼寺の門。

 



 京都十三仏霊場第二番礼所であり、『源氏物語』の主人公・光源氏のモデルとされる嵯峨天皇・皇子の源融(みなもととおる)の山荘「棲霞観」(せいかかん)が前身だったとされています。
 JR山陰線・嵯峨嵐山駅から徒歩でだいたい15~20分ほど。
 京都市営バスのバス停「嵯峨釈迦堂」から徒歩で数分ほどです。

 清涼寺の門を護る仁王像。









 門をくぐって境内に入ります。
 真正面に本堂・釈迦堂が見えます。





 この釈迦堂など、清涼寺自体もいろいろと見所があります。
 しかしながら、今回の目的は薬師寺と、その後に訪れる化野念仏寺の千灯供養祭ですので、ゆっくりと観て回る余裕がありません。
 清涼寺内をゆっくり散策するのは、また別の機会とします。


 正門から釈迦堂へ歩き、その向かって左側に、本堂よりひとまわりかふたまわりほど小さなお堂が見えます。
 それが、今回の目的である嵯峨・薬師寺です。





 ところで、釈迦堂と薬師寺のお堂の間に、よく見ると石碑か墓石のような見えます。
 それは何と、あの豊臣秀頼の首塚だそうです。
 大阪城の三の丸跡発掘現場から見つかったそうですが……。

薬師寺のお堂の前にやってきました。





 左側の端に「生の六道 小野篁公遺跡」とかかれた小さな石碑がありますね。

 お堂の横にも、門が。
 脇に「三地蔵」とかかれた石碑も見えます。


 



 そちらにも、ちょっと失礼させていただきました。
 「三地蔵」さんです。





 本尊・生六道地蔵菩薩(の分身)、夕霧地蔵尊、瑠璃光地蔵尊というそうです。


 同じ境内の庭の片隅には、次のような小さなお地蔵さんたちの姿も。





 この小さなお地蔵さんたちには、どんないわれがあるのか、どんな歴史があるのか。
 そこまでは私にはわかりませんでしたが。
 ただ、六道珍皇寺や千本えんま堂など、他の小野篁伝説の地でも知ったように、今のような医療技術や福祉制度などがなかった昔には、高齢者だけでなく乳幼児の死亡率が高かったのです。
小野篁伝説の遺る地、つまり葬送が行われてきた地には、このようなお地蔵さんの姿がいくつも見られました。
 おそらくこのお地蔵さんたちにも、幼くして亡くなった子供たちの物語があるものと、思われます。


 さて、本堂内に上がらせていただきました。

 実を言いますと、私の家とは宗派が違うのですが、礼儀として拝ませていただきました。
 そこで何と、これは私自身も驚いたことなのですが……堂内の貴重な仏像を撮影させていただく許可をいただくことができたのです!
 こういった寺社仏閣の貴重な仏像など、しかも普段は公開されないような寺宝を撮影させてもらうなどというのは、滅多にないのですが……。

 今回は皆様のご厚意に甘えさせていただくことにしました。
 皆さん、本当にありがとうございました。


 さてここで、読者に皆様に申し訳ないのですが、本記事もそこそこの長さになりましたので、今回はここで一旦切ります。
 次回はこの続きで、小野篁や弘法大師・空海が彫ったとされる歴史的にも貴重な仏像の数々を写真付きで紹介しますので、お楽しみに。



嵯峨・薬師寺のホームページ
http://yotsuba.saiin.net/~saga/yakusiji/index.html



 薬師寺付近の地図は以下を参照(楽天マップより)。

五台山清涼寺(嵯峨釈迦堂)






*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm





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