嗚呼、負け犬の遠吠え日記
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京都妖怪探訪(66):弁慶石



 前回記事で紹介しました矢田寺のように京都市内には、多くの人々が行き交う繁華街の中に、いきなり不思議な伝説や歴史の遺るスポットがある、などという例が少なくありません。
今回もそんなスポットのひとつ、しかも前回記事の矢田寺から歩いてすぐのところでもあります。
 その名も「弁慶石(べんけいいし)」。
 その名の通り、源義経の部下として知られる怪力の超人・武蔵坊弁慶と深いのあると言われる石でもあります(シリーズ第9回の「弁慶の引き摺り鐘」みたいに)。
 そしてこの石に関しては、いくつもの不思議な伝説も残されています。

 まずは、この石が置かれている場所までの行き方を紹介しましょう。

 ひとつは、前回記事で紹介しました矢田寺のある寺町商店街と三条商店街の交わる場所から、三条通りを少し西へ歩くという方法です。
 御幸町通と麩屋町通の間のあたりにあるビルの1階部分を探せば見つかります。

 もうちょっとわかりやすいように、京都の中心部分を縦断する烏丸通りからのルートも紹介しておきましょう。
烏丸通りと三条通りの交わる交差点から東へ。その交差点は、烏丸御池の交差点より少し南へ下った場所、京都市営地下鉄の御池駅からすぐのところにあります。北東角にNTT京都支店のビルがあります。
 そこから少し東へ歩きますと、北東角に中京郵便局のある東洞院通りとの交差点、北西角に京都文化博物館のある高倉通りとの交差点を通り過ぎます。





 この写真は、三条高倉の辻から撮影した京都文化博物館の建物です。
 この博物館では、時々面白い特別展示をやっていますが、常設でも有史以前から金・現代に至るまでの京都市の歴史がよくわかる展示をやっています。
 興味ある方は、こちらのHPをご覧ください。

 ……っと、話を戻します。
 そこからさらに東へ。堺町通り、柳馬場通り、富小路通り、麩屋町通りとの交差点を進んでいきます。





 そして次の御幸町通りとの間にあるビル(「三条TCビル」でしょうか?)の1階部分に、ちょっと妙な石碑と石が立っています。
 普通に歩いていれば見落としてしまいそうなので、ちょっと気をつけて探してみてください。








 でも目立ちにくいように立っているこの石は、実は結構有名なようです。
 何しろ、この辺りの地名は「京都市中京区三条麸屋町東入る弁慶石町」というそうですから。

 この石にまつわる伝説は、だいたい次のとおり。
 
 弁慶は幼少の頃、この三条京極の辺りに住んでいました。
 この石は、生前の弁慶が大切にしていたと伝えられています。
(ちなみに、京都園部町の『弁慶たて石』や、和歌山県の『弁慶の腰掛石』など、弁慶に関わるとされている石が、全国にいくつかあります。弁慶は、相当な石好きだったのでしょうか?)
 彼が平泉で戦死した後には、奥州高舘のあたりに移されました。
しかし「三条京極に往かん」と、突如これが騒ぎ出し、さらにその周辺では熱病が蔓延しました。
 そのため土地の人が恐れをなし、享徳3年(1455年)三条京極寺に移され、以来この辺りを「弁慶石町」と呼ぶようになりました。
 そのさらに後、市内誓願寺万丈の庭に移されました。
 明治26年3月、町内有志により引き取られ、昭和4年7月12日、現在の場所に安置されました。

 その他にもこの石には、「怪力の弁慶が比叡山から投げて、ここまで飛ばされてきた」とか、「陸奥国衣川の戦いに立ち往生した弁慶がこの石になった」などといった、驚くべき(トンデモな?)伝説も残されています。


 この石を、斜め及び裏から見たものです。








 この石には、「男の子がさわれば力持ちになる」とか、「火難や病魔からのがれることが出来る」などとも伝えられ、町の守り神として崇められているそうです。

 で、試しに私もさわってみることにしました。
 ちょっと失礼します……。





 もっとも私の場合、「男の子」というにはちょっと……いや、かなり歳を食い過ぎており、むしろ「オヤジ」とか「おっさん」とか言ってもいいような年齢なんですが。
 それでも、加護が授かって力持ちにしてくれたらいいのですが……ダメかな?


 ところで、この石には「大工に弁慶仁右衛門という人があり、その家の庭にあった石にすぎない」という説もあります。
 そう言ってしまえば、夢もロマンもなくなってしまいますが、その説が最も現実にありそうに思えてくるもの何だかなあ、という気もします(苦笑)。
 でも私は、それでも夢やロマンを持ち続けていたいので、この説は信じないことにします(笑)。


 それでは、今回はここまで。
 また、次回に。





*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm





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