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嗚呼、負け犬の遠吠え日記
ある時は、しがない安月給サラリーマン。ある時は、怪しい政経オタク。そんなkomichi(子路)の言いたい放題を綴ったブログです。荒らしなど、ネットの悪質行為の問題にも取り組んでいます。

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京都妖怪探訪(60):“京の人形寺”宝鏡寺



 『京都妖怪探訪』シリーズも、今回でついに60回を迎えました。
 その60回目となる今回は、“京の人形寺”と呼ばれる宝鏡寺をとりあげます。


 ここは「人形寺」とも呼ばれるように、多くの人形が奉納されています。
 歴史も古く、皇族との関係も深く、「百々御所(どどのごしょ)」という称号も与えられています。
 「日野富子像」「源氏物語図屏風」などの宝物、書院には円山応挙の杉戸絵、円山応震と吉村孝敬が描いた襖絵などの貴重な文化財・芸術作品なども多数あります。
 さらには、あの皇女・和宮が幼少時に遊んだ庭など、境内には美しい庭園もあり、季節によって月光椿や伊勢なでしこなど珍しい花も見られます。
 冒頭の写真は、今年3月頃「春の人形展」の際に本堂内「使者の間」にて撮影しました皇女・和宮の人形です。
 このように、いろいろと面白いお寺であり、『京都妖怪探訪』シリーズで紹介した妖怪スポットの中でも、(特に女性の方に)お勧めしたいスポットのひとつでもあります。


 宝鏡寺のホームページにある概要・歴史の説明によればこの寺院は、前身は弘安年間(1278~87年)に開山された景愛寺という尼寺で、応安年間(1368~75年)に御所に祀られていたこの聖観世音菩薩像を景愛寺の支院であった建福尼寺に奉納安置して、名前を改め開山したのが始まりです。
 ちなみに、この時奉納されて本尊となった聖観世音菩薩像は、伊勢の二見浦で漁網にかかったものと伝えられ、膝の上に小さな円鏡を持っている大変珍しい姿をしているという不思議な仏像です。
 1644(寛永21)年、後水尾天皇の皇女・久厳理昌禅尼(くごんりしょうぜんに)が入寺して以来皇室との関係が強まり、以後は皇族の女性が住持を勤める慣わしとなりました。
 応仁の乱と、天明八(天明8)年の大火で焼失したこともありましたが復興され現在に至っています。
 代々皇族の女性が入寺してきたこともあって、これまで多くの人形が持ち込まれてきました。
 多くの人形が所蔵され、内外からの要望により1957(昭和32)年より人形展が始められ、それ以降は毎年春と秋に一般公開されることになりました。
 さらに、毎年10月14日には「人形供養祭」も行われ、全国から持ち寄られた人形が盛大に供養され、本堂では舞や和楽器の演奏が奉納されます。


 まずは、宝鏡寺へのアクセス方法から紹介しましょう。


 京都市のほぼ中央を縦断する堀川通り。
 その北の方にある、上京区の堀川寺之内の交差点。





 最寄の交通機関は、京都市営バスの「堀川寺之内」のバス停。
 北行き、南行きのどちらも交差点のすぐそばです。










 その交差点より、寺之内通りを少し東に進んで北側に宝鏡寺の門が見えてきます。






 門から入るとまずは小さな庭があり、その片隅に人形を供養し、その霊を慰めるための人形塚があります。





 この塚には、「人形よ誰がつくりしか 誰に愛されしか知らねども 愛された事実こそ汝が成仏の誠なれ」という武者小路実篤による詩が刻まれています。
 なお、この写真を撮ったのは今月14日に行われた人形供養祭の時だったので、花輪や経をあげるための台などが並んでいます。

 寺の本堂・入り口の上に刻まれた彫り物。





 この寺は、人形供養祭及び、春と秋の人形展など特別な行事の期間中以外、境内は非公開だそうです。
 さらに、人形展など境内が公開される期間中でも、境内の撮影は厳しく制限されているため、なかなか撮影ができませんでした。

 冒頭でも紹介しました、本堂内の「使者の間」で撮影した写真です。





 この人形は、有名な皇女・和宮の人形で、彼女の背格好や容姿などを史料などを調べて忠実に再現したというものです。
 私から見れば小柄で、小顔の女性だったようです。

 冒頭でも申し上げたとおり、これは今年3月に開催された人形展で撮影したものです。
 ただ残念ながらその時は、この「使者の間」以外での境内の撮影は許可されませんでしたので、3月人形展の時の写真は、これ一枚しかありません。
 他にも、見事な庭園とか、その時に咲いていた伊勢なでしこの花とか、教科書などでも見たことありそうな尼さん姿の日野富子像とか、有名な絵師によって描かれたとかいう屏風や襖絵など見所はたくさんあったのですが、ここで読者の皆様にお見せできないのが残念です。



 でも‥‥。
 やはり、人形寺といえば‥‥。
 『京都妖怪探訪』シリーズをやっている、私のような妖怪マニアが一番楽しみにし、期待していることといえば‥‥「寺に伝わるいわくつきの人形」とか、「霊か何かが憑りついていた」などという怪しげないわれのある人形とかを見せてもらえることです(笑)。

 もちろん、そういう人形も古い歴史を持つ人形寺に遺されていました。
 江戸時代前期から伝わる「万勢伊(ばんせい)さん」と呼ばれる人形がそれです。
 3月の人形展の際にも、お目にかかることができました。
 気品を漂わせる表情や顔つき、衣装などからすれば、身分の高い女性を模した人形のようです。
 いかにも古く、何かありそうで、夜中とかに動き出しそうな‥‥そんな印象を、その時は受けました。
 次の写真は、宝鏡寺所蔵の人形を紹介したパンフレット『宝鏡寺の御人形たち』です。境内で売っていたものですが、このパンフレットでも第一番目に紹介されているほど、「万勢伊さん」は有名な人形らしいです。





 パンフレットの解説によれば、この「万勢伊(ばんせい)さん」と、お付きの「おたけさん」と「おとらさん」という3体の人形は、三折人形という、足を折り曲げて正座ができるという高性能の人形だそうです。
 着せ替えなどをすることも出来るようで、彼女たちのための着物や、箱や屏風などの人形用のミニチュアの小道具類もありました。
 宝鏡寺第22代門跡・徳厳禅尼(本覚院宮)の秘蔵・愛用の人形であり、持ち主の深い愛着によって魂が入り、本覚院宮を含めた三代に渡って仕え続け、夜回りなどのお世話をしたと伝えられています。
 人形展のガイドさんのお話によれば、除霊が施されたため、現在では何もない普通の人形となっているということでした。


 毎年の「11月1日~11月30日」と「3月1日~4月3日(平成22年は1月9日から)」の時期には人形展が開催されますので、もし機会があれば直接この人形寺を直接訪れることをお勧めします。
 その時に「万勢伊(ばんせい)さん」に会えるかもしれませんし、また人形以外にも見所がたくさんありますし、さらに季節によって違った光景もみることができますので。


 それでは、今回はここまで。
 次回は、14日に行われた人形供養祭の様子を記事に書きます。





人形寺・宝鏡寺のホームページ
http://www.hokyoji.net/




*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm




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