嗚呼、負け犬の遠吠え日記
ある時は、しがない安月給サラリーマン。ある時は、怪しい政経オタク。そんなkomichi(子路)の言いたい放題を綴ったブログです。荒らしなど、ネットの悪質行為の問題にも取り組んでいます。

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上品蓮台寺と蜘蛛塚 @ 京都妖怪探訪(396)




 どうも、こんにちは。
 シリーズ第393回第394回、そしてシリーズ前回に続いて、今回も千本通り沿いのスポットを紹介します。
 今回は京都でも特に有名な妖怪伝説のひとつとその舞台となったというスポットを紹介します。
 上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ)。
 その境内に今もひっそりと立つ「源頼光朝臣塚」。「蜘蛛塚」とも呼ばれています。
 この蜘蛛塚には、次のような伝説が遺されています。

 平安時代の頃。
 大江山の酒呑童子退治などでも有名な武将・源頼光が原因不明の熱病にかかり、床に伏していた時のこと。
 ある夜、頼光の枕元にあやしげな法師が現れ「もっと苦しめ」と言いながら、襲いかかってきます。
 頼光は名刀「膝丸」で法師を斬りつけると、法師の姿が消えます。
 翌朝頼光は、配下の四天王(渡辺綱、坂田金時、卜部季武、碓井貞光)に消えた法師の追跡を命じます。
 斬られた法師が流したと思われる血の跡を辿っていきますと、北野の森の中にあった大きな塚に辿り着きました。その塚を掘り返してみると、中に巨大な蜘蛛がうごめいていました。
 四天王がその大蜘蛛を退治し、遺骸を賀茂川に晒しました。
 すると頼光の熱病はすぐに治りました。

 鬼や妖怪を退治した武将としても知られる源頼光ですが、この土蜘蛛退治伝説は、頼光の伝説の中でも「大江山の酒呑童子退治」と並んで有名な伝説で、能や歌舞伎の題材にもなっています。
 また、土蜘蛛という妖怪自体も非常に有名な妖怪の一人となっています。
 古典芸能だけではなく、漫画・アニメ『ぬらりひょんの孫』や、アニメ・ゲーム『妖怪ウォッチ』など、現代のエンターテイメント作品にも強力なキャラクターとして登場するなど、土蜘蛛は現代でもメジャーな妖怪のひとつであり続けています。

 そんな有名な妖怪と、妖怪伝説の舞台を、『京都妖怪探訪』シリーズとしては見逃すわけにはいきません。



 まずはいつものとおりアクセスから。
 ここには京都市営バスで行くといいと思います。
 最寄りのバス停は、「千本鞍馬口」停留所か、「ライトハウス前」停留所です。





 今回は「千本鞍馬口」停留所から行きます。
 そこから少し北へ。「十二坊交番」前を通り過ぎます。





 ところで「十二坊」という地名にもありますように、この上品蓮台寺は昔、千本通りを挟んで12の塔頭を擁する大きな寺院だったのです。

 入り口です。





 寺伝によれば、あの聖徳太子が母の菩提を弔うために創建したとされていますから、平安京より歴史が古い寺院ということになります。当初は「香隆寺(こうりゅうじ)」と称していたそうです。
 天徳4年(960年)に宇多法皇の勅願により、東寺長者でもあった僧正・寛空(かんくう)が再建し、寺号も「上品蓮台寺(じょうぽんれんだいじ)」と改められています。
 現在は真言宗智山派という宗派に属する寺院となっています。


 門から中に入ります。





 訪れたのが桜の季節でした。
 この寺は、枝垂れ桜などの桜の名所としても有名なのです。
 伝説の蜘蛛塚は境内墓所の中にあるという話を聞きましたので、桜の光景を眺めながら墓所を探します。



 











 境内の南側奥に進みますと、墓所が見えてきました。






 南側墓所の入り口付近にあるお墓。





 目立つお墓なので、「歴史的な有名人のお墓かな?」と思って、後で調べてみましたら、定朝(じょうちょう)という平安時代に活躍した仏師の墓だそうです。
 あの宇治・平等院の本尊である阿弥陀如来坐像は、この人の作品だそうです。

 これはこれで面白い発見だったのですが、こちらの墓所の中を探しても、蜘蛛塚らしきものは見当たりません。
 これも後でわかったことですが、蜘蛛塚のあるのはこちらの墓所ではなく、境内北側の方にある墓所だったのです。

 「境内には他にも墓所があるのかもしれない」と思い直して、一旦入り口付近に戻り、境内北側の方を探してみます。









 途中で鳥居と、その奥に何か祀っているらしいお堂も。
 ここにも少し寄ってみます。












 奥には、仏教の守護神「天部」の一人、歓喜天(かんぎてん)を祀ったお堂と、小さな社が幾つも並んでいます。
 日本独自の信仰、「神仏習合」を感じさせる光景です。












 歓喜天のお堂から、境内をさらに北へ。









 境内北の端に墓所があり、その奥には……いかにもという感じの、大きな老木がそびえ立っています。






 この木に近寄ってみます。
 かなり大きな木であることがおわかりいただけるでしょうか。






 その下に「源頼光朝臣塚」と刻まれた石碑が。どうやらここのようです。







 
 この塚は、四天王に倒された土蜘蛛の塚があった場所だとも、倒された土蜘蛛が埋められた場所だともいわれています。
 この老木を切り倒そうとした人が原因不明の病気にかかって死んだという話も伝わっています。
 その真偽はわかりませんが、このような不気味な噂が流れてもおかしくないような雰囲気がこの場所にはありました。
 以下はこの老大木を下から眺めた光景ですが、桜の咲く時期だというのに、ご覧の通り葉も花も見えず、いかにもという感じのあやしげな威容を晒しています。





 いやー。
 これまで『京都妖怪探訪』シリーズで、いくつもの妖怪伝説地を巡ってきましたが、久々に「いかにも妖怪伝説地!」という、いろんな種類のあやしさがいい具合に混在しているような、そんな場所をみることができました。
 

 それにしても、あの頼光と四天王の土蜘蛛退治伝説の真相とはどんなものだったのでしょうか。
 何故、このような伝説が。
 
 土蜘蛛とはそもそも何か?
 土蜘蛛とはいわゆる「まつろわぬ民」。
 つまり古代社会において、天皇や天皇を中心とする大和政権に恭順しなかった豪族や土着民に対する蔑称が「土蜘蛛」だったそうです。『古事記』『日本書紀』や各地の風土記にもその言葉が用いられています。
 つまり土蜘蛛というのは、特定の豪族や民族のみを指す言葉ではないのですが、その中でも有名なのが、奈良県の大和葛城山に居たとされる人々です。神武東征の際、土蜘蛛といわれる土着勢力と戦ったとされる記述や、さらに大量虐殺が行われたことをにおわせるような記述もあるそうです。
 この蜘蛛塚の伝説から創られた能『土蜘蛛』の中でも、頼光側の武者に対峙した土蜘蛛が「お前は知らないだろうが、我は古より、葛城山にて年を経た、土蜘蛛の精魂である」と名乗る場面があります。
 一方、土蜘蛛と戦う源頼光ら源氏の武者は、中央権力の先兵として武力で制圧する側の人たちです。
 つまりここ「蜘蛛塚」に伝わる土蜘蛛伝説にも、背景には古代からの中央権力と「まつろわぬ民」との戦いの歴史があったわけです。





 古代や中世の中央権力が、自分たちに恭順しなかった勢力や、戦争や権力闘争などで打ち負かした人々を、つまり歴史的敗者を「鬼」「悪魔」や「妖怪」として闇に葬り去っていく。
 それを武力などで打ち負かしていった側の人たちが、つまり歴史的勝者が「英雄」「聖人」などとして名を遺す。
 古今東西の英雄伝説や妖怪退治伝説には、こういう風に生み出されたものが結構多いようです。
 土蜘蛛伝説も、元々はそうして生み出されたもののひとつだたtのでしょう。

 ただ後代になると土蜘蛛は、「まつろわぬ民の怨霊」というどこかもの哀しさを感じさせる存在から、より怪物的な存在となっていったようです。
 特にこの蜘蛛塚の伝説あたりからその傾向が強まっているように思えます。この伝説に登場する土蜘蛛は、まさに妖怪とか、怪物そのものという感じですね。
 何故このような伝説が。この伝説の背景には何があったのか。
 まつろわぬ民の末裔か、その関係者が、中央権力の先兵的存在である源頼光を暗殺しようとしたのか。
 「頼光が熱病にうなされた」という記述から、呪殺か毒殺が企てられたのか? あるいは、何か病原体になるものを植え付けられた、今でいう細菌テロのようなことが行われたのか?
 今となってはわかりませんが。





 ただ。
 現在でもなお抜群の人気と知名度を誇る「強力で魅力的な敵役」としての土蜘蛛。
 その人気や魅力の秘密には、「光から闇に落とされた者たち」「滅び没落していった者たち」というか、「かつては繁栄を誇っていたが歴史的敗者として闇に葬られた者たちの哀しさ」というものもあるのではないか。
 そんな気もしてきました。


 こうした歴史や伝説を踏まえてここを訪れると面白いのですが。
 私は特に、桜の時期に訪れることを勧めますね。
 咲き誇る桜の美しさが、世の無常(盛者必衰の理)をも感じさせ、蜘蛛塚のあやしげな雰囲気との対比が、何ともいえない不思議な感じを醸し出していると思いますから。

 今年もあと1、2ヶ月で桜の季節を迎えます。









 それでは今回はここまで。
 また次回。




*「上品蓮台寺」へのアクセス、周辺地図はこちらを(「NAVITIME」より)





*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm




*この記事はこちらからの転載です。




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