いわゆる「ワーキング・プア」や「失業者」とか「負け組」とかいった、社会の底辺にいる 人たちが、どんな気持ちになるのか。
あらゆることに挫折し、無力と絶望に打ちひしがれた者が、どういう思いを抱くのか。
前回の記事 では、こうした疑問に答えるため……というより、理解の一助とするために、私自身の「負け組」体験と、その時の心情を語りました。
そうしたら、予想外の反響があったようです。
そこで
前回の に引き続き今回も、「負け組」「ワーキングプア」などといった社会の底辺にいる者としての私の体験と経験を語ることにします。
↑:応援してくださる方は、ランキングにご協力をお願いします。
前回の記事 に引き続いて、私が失業者時代の経験や心情を語ることにします。
年末に古いUSBメモリーを整理していたら、
前回 で紹介したものの他にも、私がどん底の状態にあった時に書いた文章が見つかりました。
今回も、その中から(多少の加筆・修正を加えた上で)紹介します。
今朝は、朝5時半頃に目が覚めた。昨夜はぐったりと疲れて早く寝てしまったからだ。 おかげで今日は健康的ですがすがしい一日になりそうな気がした。しかし……。 起床してすぐ、メールをチェックしてみる。2通のメールが届いていた。 差出人は、私の高校時代からの友人のA君とBさんであった。彼らとは今年正月の同窓会で会ったきりであったが、来年の1月も同窓会をやろうか、という呼びかけのメールであったのだ。 しかも、私の高校時代に生徒会長を務めたC君が、「我々の学年全体の同窓会をやろう」という呼びかけを行っていたのだ。 正直私は、複雑な気持ちになった。 彼らが私のことを忘れず、呼びかけてくれたことに対しては、素直にうれしく思う。しかしだ……A君やBさん、C君のように、自分の道を、自分の足で歩いているというわけではないのだ、私は。自分の道を歩くどころか、未だに経済的自立ができていない、つまり自分の足で立つことすらできていないのだ。 彼らと最後に会った今年正月の同窓会を、改めて読み返してみた。もうあれから1年が経とうとしている。あの時、「次に彼らと会う時は、私はどうしているだろうか?」などと思ったものだが……。結局、状況はあの時とほとんど変わってはいない! 私には、それが非常に情けなく思えるのだ。 この情けない状況のまま、再び彼らと顔を合わすのかと思うと……なんだか非常に気が重い。 ここで、高校時代の国語で、中島敦の『山月記』という小説を勉強したのを思い出した。 その中で、零落してついには獣にまで身を落とした主人公・李徴が、役人となった旧友に「キミはこんなに立派になっているというのに、私はこのような獣に成り下がり、地を這いずり回っている」という内容の漢詩を贈る場面がある。私には、李徴の姿が妙に今の自分とダブって感じられるのだが……。 彼らは、私のことを昔と変わらず一人の友人として迎えてくれるかもしれない。 しかしだとしても、私の方は日頃の立場の違いなどを忘れて、昔と同じように彼らと接することができるか……残念ながら、ちょっと自信が持てない。 今年の1月の同窓会の際、友人Sは「自分なりの信念をしっかり持っていれば、友人たちにひけ目を感じることはない」と言ってくれた。しかし私は、勉強はしていても信念を確立するまでには至っていない。 さらに先週、さる女性の先輩に会った時に 「キミは、非正規雇用イコール敗北と考えているようだけど、それが間違い」などと言われた。私も「現在のフリーター・非正規雇用の増加は、社会的に作られたという側面がある」ということを知らないわけではないのだが……。しかし自分のこととなると、なかなか難しい。自分ではサボっているつもりはないのだが、日常的に「早く自立しろ」というプレッシャーにさらされる中、頭でわかるだけでなく、意識や感情の面まで納得するのは、今の私には難しい。彼女ほどに達観するには、まだ時間がかかりそうだ。 とりあえず、返事を出さなければ……。それと、少しでも早く自立のすべを確保しなければ。 しかしもし、今年の終わり頃までに経済的自立の手段も確保できず、また「信念の確立」もできていなかった場合は……。来年の同窓会は欠席させてもらえないか、と思う。 「それじゃあダメだ」とか「情けない奴だな」とか言われるかもしれないが、これが今の私のいつわらざる心境である。これだけは、ごまかしようもない。
うろ覚えな記憶ですみませんが、確か、漫画『ナニワ金融道』を書いた青木雄二氏の言葉だったのでしょうか……?
「貧乏になった人間は、自分自身を蔑む」 なるほど、よくぞいったものです。
私なりに言い換えれば、
「経済的自立も社会参加もできない者は、自らを蔑み、自分も他人も信用できなくなる」 ということでしょうか……。
ニートや失業者、フリーターや派遣社員などの不安定就業にある若者に対して「(社会的な義務・責任を負うこともないから)気楽でいいよな」という言い方をする人が居ます。
私は「そうでもないよ」と言いたい。
社会的参加も、その前提となる経済的自立も出来ていない。
親など、他人様の世話にならなければならないという、強い負い目を抱き続ける。
一方、かつての知人や友人が、立派な社会人となり、中には結婚して家庭を築いている中、「何故、自分だけが?」という劣等感を抱き続ける。
そんな情けない、不甲斐ない自分に自信を持てるはずもない。それどころか、自分自身をも蔑む。
自分に自信が持てないゆえに、他人も(友人すらも)信用できなくなってくる。
以上のような思いを、「負け組」「ワーキング・プア」などの社会的弱者となった者たちは、抱き続けることになります。
この辛さと惨めさをおわかりいただけるだろうか? 想像できるでしょうか?
それは決して、気楽なものではありません。
中には、そんなことをまるで感じない、本当にお気楽な自称社会的弱者もいるのかもしれませんが……少なくとも私の場合はそこまで図太くはないし、また、少なくとも私の周りにはそのような図太い者は見当たりません。
ところで、この同窓会の話には後日談があります。
この文章を書いた翌年の正月には、私もきちんと同窓会に参加しました。
そのさらに翌年……その年は、同窓会の通知・招待が私のところにはきませんでした。
それで、「今年は同窓会は開かれなかったのかな?」などと思っていました。
ところがその正月明け頃に、一通のメールが届きました。
そのメールは、その正月に開催した同窓会の幹事をした(らしき)高校時代の旧友からのものでした。
内容は「先日の同窓会は楽しかったですね。あなたも楽しめましたか?」などというものでした。
つまり……彼らは、私に知らせず、私抜きで同窓会を開いたのです。 メールを出した旧友は、どうやら参加した誰かとうっかり間違えて、私にメールを出してしまったものと思われます。
「僕は、今年の同窓会に参加していませんし、それ以前に呼ばれてもいませんが? それよりも、今年の同窓会に僕を呼ばなかったのは、何故ですか?」
私は彼に対して、そんなメールを出しましたが……
その後、返信はありませんでした。 まあ正直、私も「気が重いから、もう同窓会には出席したくはないなあ」と思っていたところがあったのですから、私が文句を言う筋合いはないのかもしれません。
また、もしかしたら私を呼ばない事情があったのかもしれません。
あるいは、私の心情を何らかの理由で察して、彼らなりに気を使ってくれた(つもり)のかもしれない。
しかしそれでも……。
割り切れないものが残りました。
私の方は、彼らのことを「高校時代でもっとも信頼できる友人たち」だと思っていたのですが……。
所詮はそんなものだったのか……。
結局、「負け組」とかになった者には、昔の友人たちからすら見向きもされなくなるのか……などと思ったりしました。
いや、単なる被害妄想に過ぎないのかもしれません(それだったらいいのですが)。
しかしながら、「負け組」になって、他人も自分も信じられなくなっているところに、こんなことがあったのでは……。
残念ながら、それでも他人を信用できるほど、その時の私は人間ができていなかったのです……。
それ以来です。
同窓会などといったものを、私が嫌いになったのは……。
それから後は、同窓会などといったものに、二度といきたくはない、と思うようになりました。
もし通知などが来ても、無視して参加しないことにしています。
今回もまた、自分で書いていて惨めになる話を書いてしまいました。
こんなことを書くのに、何か意味があるかどうか、自分でもよくわかりませんが……。
さて、次回も私のどん底時代の話を書こうと思います。
次回は、「職探し・就職活動の体験」も交えて話をする予定です。
↑:こんな「負け組・駄目人間の愚痴」のようなエントリーでも、何らかの意味はある。そう評価してくださった方は、ランキングにご協力をお願いします。
関連記事
スポンサーサイト
テーマ:ワーキングプア(働く貧困層)
- ジャンル:政治・経済