嗚呼、負け犬の遠吠え日記
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雲ヶ畑~惟喬神社~志明院への道 @ 京都妖怪探訪(328)




 どうも、こんにちは。
 このところ『京都妖怪探訪』という割には、あまり「妖怪」らしくない記事が続いているなー。
 などと自分でも思ったので、今回は「妖怪」というテーマにふさわしい霊場魔所を紹介したいと思います。
 しかも「京都最大の魔所」とか、「魑魅魍魎最後の砦」とか、「平安京に救う全ての魑魅魍魎が集まる場所」だとか言われているような、その道では有名なスポットです。
 その手のマニアの方には、それだけ言えばどこなのかおわかりという人も居られるかもしれませんね。
 それが今回から数回にわたって紹介する「岩屋山志明院(いわやさんしみょういん)」です。
 
 京都の市街地から遠く離れた深い山奥にさるその古刹は、修験道の修行場として有名ですが、様々な怪異が起こる場所としても、その道では有名です。
 司馬遼太郎などの有名作家を始め、ここを訪れた多くの人々がポルターガイスト現象などの怪現象を体験して語っています。司馬遼太郎などは、志明院の怪異について触れた著作の中で「信じられないなら行って見よ」とまで言い切っています。
 また、スタジオジブリの宮崎駿監督がアニメ映画『もののけ姫』のタイトルを生み出した場所としても知られている。
 さらに、歌舞伎『鳴神』の舞台となった場所でもあります。
 
 そういった様々な曰くやエピソードを持つ魔所を、この度本シリーズでも、数回にわたってとりあげることにしました。
 まず今回は、志明院までの道にある集落「雲ヶ畑」と、その途中に立つ「惟喬神社(これたかじんじゃ)」を紹介します。



 まず、いつもの通り交通やアクセスからいきたいところですが……。
 大変な山奥で、交通の便が非常に悪い場所です。
 現在は京都市営バス・地下鉄の「北大路」駅の前からその手前の「雲ケ畑岩屋橋」まで「雲ヶ畑バス」が出ているのですが、一日に数本くらいしか運行していないため不便です。
 自家用車で訪れるにも、狭い山道には離合が難しい場所もあります。
 そこで私の場合は、バイクで志明院を訪れることにしました。


 京都の東側を流れる鴨川よりさらに上流の賀茂川・御薗橋(みそのばし)付近。


 


 御薗橋の東側には、有名な「上賀茂神社」もありますが、そこからさらに賀茂川に沿って、京都府道38号京都広河原美山線を上流の方へと進みます。









 京都府道38号京都広河原美山線、賀茂街道を進んで行きますと、途中で分かれ道があり、そこから雲ヶ畑へ続く山道があります。






 この道は、車での離合が難しい場所も多く、冬場になると積雪や凍結などの危険もありますので、車やバイクで行くにしても注意が必要です。
 私も気をつけて進んで行きます。









 賀茂川と中津川が合流する場所にある「出合橋」。






 雲ヶ畑の集落です。















 昔、建設土木関係の仕事に関わっていた頃、ここで仕事をしていたこともあったので、この辺りのことは知っていました。
 とはいえ、バイクで来るのも大変です。

 近世まで朝廷との結びつきが強い地域だったそうで、平安京造営に際してはこの地の木材が用いられたり、端午の節句に使う菖蒲(しょうぶ)や、薪炭や鮎などを朝廷に献上する供御人の活動地でもあったそうです。

 ところで、この雲ヶ畑集落にも「妖怪がいっぱい居る」とか、「住民は怪現象を知っている」などという話もあるそうですが、本当でしょうか?
 「岩屋山志明院」が妖怪の出る場所として有名になった大きなきっかけのひとつが、あの司馬遼太郎氏が昭和29年(1954年)8月に書いた随筆『石楠花妖話』だそうです。
 『石楠花妖話』には、新聞記者時代の司馬氏が志明院で体験したという怪異について記されてますが、その中に「天狗の雅楽」という怪異についての記述がありますので、以下引用します。


> 一週間に一度は、山頂の天狗松のあたりから、いんいんと響いてくるそうだ。ショウやヒチリキの音が、あるいは高くあるいは低く、間に太鼓の音をまじえ、階調正しく演奏されるというのだが、寺より十丁下った雲ケ畑では、誰でも子供のころからこの音楽をきいているというから、まずウソではあるまい。

(引用ここまで)



 何と!
 雲ヶ畑の集落とは、妖怪が棲み、一週間に一度は“天狗の雅楽”という怪異を目に、いや、耳にすることができるという凄い場所だったのですね!
 ただ、『石楠花妖話』が書かれた昭和の頃までならともかく、21世紀になった近年ではどうでしょうか?

 実は私、昔仕事で来た時、この雲ヶ畑付近の山中で何日もの間、ほとんど一人で仕事をしていたということがありました。
 山中の、吹けば飛ぶような仮設の現場事務所で、外との連絡手段はトランシーバーか、電波のつながりにくい携帯電話という状態で、一晩中一人で番をしていたということも、何度もありました。
 「こんな山の中で、熊とか猪とかが襲ってきたら、どないしょ……?」などと不安になりましたが。
 その当時は、雲ヶ畑付近が妖怪が出るという噂のある場所だったことも、また近くに「京都最大の魔所」があったことも知りませんでした。
 幸か不幸か、その時は妖怪にも怪現象にも出くわしませんでした。
 伝説が伝説に過ぎないのか?
 私に全く霊感がなかったのか?
 平成の現在では妖怪たちは姿を消したのか?
 そのうちいずれかはわかりませんが……。

 でも今更ながら。
 一度でもいいから「天狗の雅楽」を聞いてみたかったですねえ……。

 

 雲ヶ畑からさらに山奥へと進んだ「岩屋橋」。





 「雲ヶ畑バス」もここまでです。
 ここから先は徒歩か、車・バイクくらいしか交通手段がありません。



 岩屋橋から少しだけ山道を上がった場所に小さな神社が佇んでいます。
 これが「惟喬(これたか)神社」です。





 「惟喬神社」とは、平安時代初期の文徳天皇の第一皇子・惟喬親王(これたかしんのう、844~897年)を祭神として祀っている神社です。
 血筋にも、才能にも恵まれながら、第四皇子・惟仁親王(後の清和天皇)を推した藤原氏の圧力によって皇位に就けず、都を去らざるを得なかった悲劇の皇太子として有名です。
 この惟喬親王、魅力があり人格的にも優れた人物だったようで、京都や滋賀の一部の山間部には、惟喬親王に対する伝説や信仰などが遺されています。
 ここ雲ヶ畑もそうした地域のひとつで、雲ヶ畑に造営された「高雲宮(こううんのみや)」に迎えられ、それが後に、現在雲ヶ畑にある「高雲寺」になったと伝えられています。


 ちょっと中へ入ってみます。












 本殿には「雌宮」と書かれています。





 惟喬親王が可愛がっていた雌鳥がこの地で病死して、この地に祠を建てたという言い伝えから、この社は「雌社」とも呼ばれているそうです。
 死後もこうして神様として祀られているとは、日本人の持つ「判官贔屓」の信条からだけではない。臣下や村人たちから、本当に慕われていた親王の魅力と人徳とを感じさせます。

 っと、同時に。
 このような血筋も、能力も、人徳も優れた人物でさえも政治的・社会的に抹殺した古代・平安時代日本最大の権力集団・藤原氏の非情さ・冷酷さや、その支配の理不尽さを感じさせます。
 『京都妖怪探訪』シリーズを始めて以来、怨霊の歴史や、古代から中世に至るまでの日本の歴史を少しかじってみたのですが。
 皇室に次ぐ由緒ある名家・名門とも言われる藤原氏こそが、皇族を含めた最も多くの人々を死に追いやったり、政治的・社会的な破滅に追いやっているのではないか。実は藤原氏こそが、古代から平安時代にかけての日本史の中では、最大の悪玉ではないだろうか。
 私は子供の頃、「古代日本の最大の悪玉は蘇我入鹿」みたいなイメージを抱いてきた(あるいは抱かされてきた?)のですが。
 「歴史は勝者が作る・偽造する」とかよく言われますが、歴史の勝ち組である藤原氏の方が、よほどえげつないことをしてきて、それを歴史を偽造してきて誤魔化してきたのではないか。我々日本人は、今まで通説として教えられてきた歴史の知識とか常識とかいったものを、少し疑ってみてもいいのではないか。
 最近では、そんな風にも思えてきます。


 っと、話がそれましたので元に戻します。



 惟喬神社を過ぎて、さらに奥の山深い道を進んでいきます。





 その道の脇には祠や石仏なども並び、それがまた何とも妖しげ(怪しげ?)な雰囲気を醸し出しています。









 その道の果て、山道の一番奥に、目指す「岩屋山志明院」が見えてきました。





 この写真を撮ったのは4月29日。
 「石楠花祭(しゃくなげさい)」とも呼ばれる、年に一度の「志明院大祭」の日でしたので、ご覧の通り参拝者や駐車車両も多いのですが、普段はもっと閑散とした静かな場所です。



 さて、記事がそこそこの長さになりましたので、今回はこの辺で終わりたいと思います。
 シリーズ次回と次々回で、志明院と及び「石楠花祭」の様子をお届けします。

 それでは、また。





*惟喬神社への地図・アクセスはこちら



*岩屋山志明院への地図・アクセスはこちら




*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm



*この記事はこちらからの転載です。




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