いわゆる「B層」と、(自分自身をも含む)「B層」批判者との間に大きな差異はないのではないか? 前回エントリーにて、そういった考えを披露したところ、結構反響があったようです。 賛否両方の意見を寄せてくださった方もいましたが、直接ご意見を表明されなくても、少なくない注目を集めたことが、アクセス解析やランキングなどの結果から見て取れます。
ただ……。
実を申しますと、私自身も最初は「B層」に批判的というか、「B層」(小泉自民支持者)叩きに必死だった時期がありました。 今回は、2005年の「郵政選挙」直後に書いた文章から、あの時考えたことを振り返ってみたいと思います。
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前回から一週間以上も更新をサボっただけでなく、コメント等のレスも返しておりませんでした(汗)。 すみません。その間死んでました。というか、ネット活動は、死んだも同然でした。 まだスランプが続いているのに加え、またもや仕事が入ってました。特に、先週の連休は日曜日に早朝から夜中まで仕事、その翌日は休ませてもらいましたが前日の疲れで何もできませんでした。最悪の連休でした。 本当にあるんですよ。知力、体力、気力共に最低レベルにまで落ちて、ほとんど何も書けなくなる。書き始めたとしても、途中で止まってしまうということが。 ……などと、愚痴と弁解はこれだけにして、本題に行きましょう。
前回のエントリーには、いくつものコメントやTBをいただきました。 その全てにレスを返せずにいて、申し訳なく思っておりますが、まずはその中のひとつを紹介します。
前回のエントリーで紹介しました記事『B層とは「トリ頭」(過去を水に流す人間)のこと。』(「逆説の胴体力(重心力) 2 重心集約力は 筋力ではない」2007年9月24日記事)のN氏さんから、記事TBの形でご意見をいただきました。
*「一億総懺悔」に、無条件に参加したくない (「逆説の胴体力(重心力) 2 重心集約力は 筋力ではない」2007年10月5日記事) http://blogs.yahoo.co.jp/nsi444/51311450.html
ご意見をありがとうございました。 この中でN氏さんは、「B層」批判の記事を書いた理由と共に、「B層」及び日本の将来について悲観的な見方を示されています。 以下、一部引用させていただきます。
じゃあ、何故、あなたは「B層」に対して批判的な記事を書くの?と、 おっしゃられるかもしれません
その理由は、おおげさに言えば
「歴史的審判を受けるに際して、すくなくとも(批判を、「同時代において」していたんだよ)
という 記述を遺しておきたいから」
ありていに言えば、「将来必ずやって来る 一億総懺悔に、無条件に加えられるのは嫌だから」
です。
このまま、何も根本的対策を行わない政治が続けば
(政権交代が実現すれば、「ほんの少し」は 可能性がある、と、私は思うのですが)
現在生きている我々現役世代は 将来の世代たちから、蛇蝎のごとく軽蔑されることは
おそらく間違いないでしょう。
そして、「いったい、お前らは何をやっていたんだ!!!モノを考えることもなく、 空虚なB層を形成したまま、俺たちにばかりツケを押し付けやがって!!!」
と、怒りをぶつけられたとき、
「黙ってうなだれている」というのは やりたくないのです。
「私とB層の人との間に、どれほどの差があるだろうか?」という思考は、
「一億総懺悔の発想 = 究極の無責任」 へと、つながることになる、と
私は思います
残念ながら、私個人が 激越なる批判記事を 書き連ねようとも
最終的には「一億総懺悔の発想」が、おそらく勝利を収めてしまう、、でしょう。
しかし、そうとわかっていても、「歴史の審判」が、下る時に際して、
「無条件に、その輪に加えられるのだけは カンベンしてくれ!」
そのお気持ちは、わからなくもないです。 というか、その気持ちはよくわかります。
何故ですかって? それは、このサイトを始めた……というか、私がサイトで政治的発言を強めていったのは、私がネットでの政治的活動にのめりこんでいった理由のも、実はそれだったからです! いや、今だからこそ言えることなのですが……。 [READ MORE...] テーマ:それでいいのか日本国民 - ジャンル:政治・経済
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